後骨間神経麻痺(こうこつかんしんけいまひ)
後骨間神経麻痺とは
後骨間神経と橈骨神経
橈骨神経麻痺と似た症状に後骨間神経麻痺があります。
後骨間神経とは、もともと本幹である橈骨神経が肘下から分岐し、名前を変えたものが後骨間神経です。国道の246が「青山通り」から「玉川通り」へとその場所によって名前を変えるのと同じです。肘から上までの本幹である橈骨神経は運動神経(手首や指を動かすという運動に関わる神経)と知覚神経(ものを触ったときなどに感じるという感覚に関わる神経)の2種類の神経が束になったもので、圧迫などで麻痺を起こすと、運動神経と知覚神経の両方が障害を受けます。橈骨神経麻痺は、手首が動かしにくくなったり、しびれを感じたり、運動神経の障害と知覚神経の障害を同時に生じるのが普通です。
一方、後骨間神経麻痺は肘で分岐したあとの運動神経のみが障害を受けるため、動かせないという障害は起きますが、しびれなどの知覚はないのが一般的です。手首は上げられる(伸展)、しかし、指を伸ばすことができない(伸展)ときに後骨間神経麻痺と診断されることが多いようです。後骨間神経は指の伸展を支配しますので、手首よりも、指を伸ばすことができない症状が顕著に出ます。
下の図をご覧ください。回外筋という筋肉の入り口の部分をFrohse arcade(フローセアーケード)と呼びますが、要するに回外筋という筋肉で作られたトンネルのようなものです。橈骨神経は橈骨神経深枝(運動神経)と橈骨神経浅枝(知覚神経)の2つに分岐したあとの橈骨神経深枝(運動神経)だけがこのトンネルを通ります。ここで名前が変わり、橈骨神経深枝(運動神経)=後骨間神経です。
このトンネルの入り口が圧迫を受けやすい箇所なのですが、ここを通るのは橈骨神経深枝(運動神経)=後骨間神経だけです。そのため、トンネルを通らない橈骨神経浅枝(知覚神経)は障害を免れ、運動神経だけ障害されるのが後骨間神経麻痺とされます。
しかし、実際の臨床の現場では、典型的な後骨間麻痺ももちろんありますが、一部橈骨神経麻痺の所見、一部後骨間神経麻痺の所見など混在しているケースもかなりあります。最初は橈骨神経麻痺だったものが、治療過程で後骨間神経麻痺へと変わることも珍しいことではなく、最初は橈骨神経麻痺だったもののうちの3割ぐらいで、途中から後骨間神経麻痺の症状(指が伸ばせなくなる)に変わるケースが見られます。
もともとは同じ神経なのですから、それぞれに違う病名はついていますが、完全に区別して考えてしまうとうまくいきません。
あまりきちんと分類わけするのではなく、症状や治療過程に応じて、臨機応変に対応していく必要があると思います。とりあえず、「手首をあげることはできるが、特に指を伸ばすことができないもので、しびれなどの知覚異常は少ない」ものを後骨間神経麻痺とざっくり理解しておけばいいと思います。
難治性の後骨間神経麻痺
「なかなか治らない」とご相談を受けることが多いのが、後骨間神経麻痺です。橈骨神経麻痺の場合、軽度なものですと、自然に治癒していくものが一定割合ありますが、後骨間神経麻痺の場合、この割合が少ないと思います。また、橈骨神経麻痺に比べ、順調に回復しないものも多く、なかなか施術に苦労させられるのが後骨間神経麻痺です。回復に要する期間も個々のケースでの幅が大きいため予想できません。
(こうこつかん)神経麻痺と橈骨(とうこつ)神経麻痺の違い
前腕(手首の上)と手首との角度をよく見ていただきたいのですが、橈骨神経麻痺(下の写真)では手首を上にあげることができません。前腕に対して手首が垂れているのがわかると思います(下垂手)
それに対し、後骨間神経麻痺(上の写真)では前腕と手首が水平になっているのがわかると思います。後骨間神経麻痺の症状は、手首を上げることはできるのですが、指を上げる(伸ばす)ことが特にできません(下垂指)
動画で後骨間神経麻痺の動きをみてみましょう
下の動画は軽度の後骨間神経麻痺の患者さんです。後骨間神経麻痺ですので、手首を上げることはできるのですが、指を伸ばすことができません。手首の角度が上がるほど、指が閉じてしまいます。「指が伸びない」この点が橈骨神経麻痺との決定的な違いです。
軽度の麻痺では、この動画と似た動きになると思います。
下の動画は重度の後骨間神経麻痺のの患者さんです。
この動画は後骨間神経なので、グーでは手首を上げることができます。しかし、上げた状態のまま指を伸ばすことができません。
パーに開いた状態で手首を上げてもらうと、今度は手首を上げることができないように見えます。「あれ?手首は上がるのが後骨間神経麻痺じゃないの?」と思われるかもしれませんが、これも後骨間神経麻痺の症状です。
少しややこしいのですが、この動画では、指をのばしたまま手首を上げようとしていると、手首が上がらないのですが、「指を伸ばそうとあまり意識しないで持ち上げて」と伝えると、実は手首は持ち上げられるのです。
原則として、後骨間神経麻痺は「手首は上がる。手首を上げないと、指はかろうじて伸ばせる、手首を上にあげた状態であるほど、指は伸ばせないというふうにご理解ください」。
橈骨神経麻痺と後骨間神経麻痺は兄弟関係ですので、あまりきちんと区別して考える必要はありません。ご自分の症状とぴったり合う場合もあるでしょうし、一部当てはまらないケースも出てくるかと思います。そのあたりは臨機応変に対応していく必要があると思います。
後骨間神経麻痺は、橈骨神経麻痺に比べると難しいものが多く、施術期間も長くかかるものが多いです。橈骨神経麻痺に比べますと、自然には治りにくいものが多いと思います。
後骨間(こうこつかん)神経麻痺発症の原因
橈骨神経麻痺を発症された方に伺うと、飲酒後、椅子でうたた寝をしてしまった、フローリングの上でそのまま寝てしまったなど患者さん自身に「たぶんあの時になったんだ」という覚えや発症のきっかけがあるものが多いのです。一方、後骨間神経麻痺を発症した患者さんは、いつなったのかはっきりしない、わからないということがとても多いです。
さらによく話を伺ってみると、発症前に痛みがあったり、それもかなりの激痛で、首や肩、二の腕などに痛みが出て、それからしばらくして手の動きがだんだん悪くなったというように最初に痛みの症状がでて、そのあとからだんだん動かなくなったというものが多いです。
「発症の瞬間がはっきりしない」、「痛みのあとから動かなくなった」のどちらかか、両方が当てはまる方が多いはずです。
また5本の指のうち全部が伸びなかったり、一部の指だけだったり、色々なケースがあります。下の写真はどの指も伸ばせません。
下の写真は第2指だけが伸ばせません。
下の写真では特に第4指が伸びないのがわかると思います。
このようにいろいろなパターンがありますが、手首を反すことはでき、全部や一部の指を伸ばすことができないのが後骨間神経麻痺の症状です。
後骨間(こうこつかん)神経麻痺の予後
後骨間神経麻痺の治療経過ですが、発症時から典型的な後骨間神経麻痺の症状、すなわち、「いつからなったかはっきりしない」「肩まわり、肩甲骨まわり、肘などに激痛が起こり、その後しばらくして指が伸びなくなった」「しびれなどの知覚異常はない」こういう発症の仕方をされた方が一番治りにくく、施術期間も長くかかり、後遺症が残りやすいです。
次に、上記の典型的な症状と少し外れるもの「指も伸びないが、手首も上げにくい」「しびれなどの知覚異常もある」など後骨間神経麻痺と診断はされているものの、整形外科のHPで解説がされているいわゆる後骨間神経麻痺の症状とは「ちょっと違うもの」こういうケースのほうがまだ治しやすいことがが多いです。
最後に、最初は橈骨神経麻痺であったものが改善過程で指が伸びない=後骨間神経麻痺の症状も出てきた、こういう場合は、少し時間はかかったとしても、問題なく治っていくことがほとんどです。
このように発症の仕方により、治りにくいもの、時間は多少かかっても最終的は治っていくのもなど色々なケースがありますが、橈骨神経麻痺に比べると治りにくく、治療に要する時間も予想しにくく、一筋縄にはいかないことが多いのが後骨間神経麻痺と言えます。。
いつともなく発症することも多いので、なんとなく時間だけ過ぎてしまい、来院された時点で発症から時間がたっていることも多いです。もともと治りにくい症状ですので、ご自分が後骨間神経麻痺に当てはまるようでしたら、すぐに施術を開始されることをお勧めします。
後骨間(こうこつかん)神経麻痺の施術
後骨間神経麻痺には一部難治性のものがあります。何年もかけて治療に取り組んでいかなければならないケースも年に5~10症例ぐらいあります。特に最初から後骨間神経麻痺の症状(しびれ症状はなく、激痛後、麻痺になったもの)にその傾向が顕著です。
橈骨神経麻痺のように順調に治るものであれば、見通しをある程度お伝えできるのですが、後骨間神経麻痺は治り方も様々で平均的な施術期間というのはありません。治療に要する期間を予測することは困難です。
同じ後骨間神経麻痺でも、回復しやすいケース、しにくいケースがあります。ある程度施術を続けていくと、そのどちらかがなんとなく見えてきます。わりと順調に進むもの、なかなか進まないものとに分かれてきます。
まずはしばらく治療を続けてみて、順調に治りそうなケースか、あるいは長期戦で取り組まなければならないケースかの見極めが大切です。その上で、来院の頻度などをご相談させていただきます。
今までの経験上、発症後から極端に時間が経っていなければ、根気よく治療を続けていけば、全く改善しないというケースはあまりありません。どこまで治るか?という問題はありますが、少しでも良くする、日常の使い勝手を改善させるという気持ちをもってお互いが辛抱強く、取り組んでいかなければならないのが後骨間神経麻痺の治療です。